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高校野球の海を渡る

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海を渡る

沖縄県の学校が、全国制覇を成し遂げた場合の高校野球の隠語。沖縄は琉球王朝時代や米軍統治時代などの歴史から、本土に対する意識が強かった。そのため、沖縄水産(沖縄)が夏の大会で1990年と1991年に2年連続で決勝に進出しながら準優勝に終わった時、当時の同校の栽弘義監督が「優勝旗が沖縄の海を渡らなければ、 沖縄の戦後は終わらない」 と発言するほどだった(しかし、本人は否定している)。

1999年の春の大会で沖縄尚学(沖縄)が沖縄勢として初優勝し、優勝旗は沖縄の海を渡った。また、それまでの最南だった鹿児島実(鹿児島)を更新した(沖縄尚学が優勝を決めた瞬間、スタンドでは相手の水戸商(茨城)の応援団を交えてのウェーブが起きた)。

この他、沖縄という地域の特殊性から、離島勢の躍進についても注目する必要がある。夏の大会では宮古が1977,78年に県大会準優勝、八重山が1988年に県大会準優勝とあと一歩のところで甲子園出場を逃しているが、2006年夏に八重山商工が出場(同年春の大会でも、沖縄県の離島勢として初めて出場した)し、2勝を挙げている。

注:八重山商工の他、沖縄本島以外の「島」からは久賀(山口:1999年夏)、隠岐(島根:2003年春)、洲本(兵庫:1953年春、1975年夏、1986年春)が甲子園に出場している。しかし、久賀の在る周防大島は本土との架橋島、隠岐は21世紀枠での出場、洲本は1953年春の優勝校であるが、学校所在地が離島とはいえない「淡路島」である。

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