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高校野球の雨と決勝の因縁

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雨と決勝の因縁

2003年、第85回全国高等学校野球選手権大会1回戦、倉敷工(岡山)対駒大苫小牧(南北海道)の試合では、駒大苫小牧が8-0と大量リードしながらも、4回裏途中台風接近による激しい雨が降り続き、降雨ノーゲームとなる。そして翌日の再試合では、前日とうってかわって倉敷工が試合を優位に進め、5-2で駒大苫小牧を下した。

翌2004年、第86回全国高等学校野球選手権大会で甲子園に戻ってきた駒大苫小牧は、前年の降雨ノーゲームによる悔しい負け方をばねに、初戦の2回戦で佐世保実(長崎)を7-3で下し、北海道勢春夏50勝目の勝利を挙げた。その後も駒大苫小牧は日大三、横浜など強豪に勝ち続け、そして決勝では済美(愛媛)を13-10で下し、見事に北海道勢としても甲子園初優勝を果たした。

駒大苫小牧が8点もリードしながら降雨ノーゲーム再試合負けが大きく知られることになったが、これからさかのぼること10年前にも似たような経緯の試合があった。

1993年、第75回全国高等学校野球選手権大会2回戦、鹿児島商工(鹿児島)対堀越(西東京)の試合で鹿児島商工が3-0とリードした8回表、降り続く雨で球場全体が水浸しになり、2度目の24分間の中断後、降雨コールドゲームが適用されて鹿児島商工が3-0で堀越を下した。

続く3回戦、鹿児島商工は常総学院(茨城)と対戦し、鹿児島商工が4-0と大きくリードしながらも4回表、前日に続く雨で今度は降雨ノーゲームになってしまい、翌日の再試合ではなかなか点が取れず投手戦になり、7回表に1点を取った常総学院にそのまま1-0で逃げられてしまう。

1994年、第76回全国高等学校野球選手権大会で鹿児島商工は、学校名を樟南に変更して甲子園に戻ってくる。前年に降雨ノーゲームによる悔しい負け方をした樟南(鹿児島)は3回戦、双葉(福島)との試合中、試合成立寸前の7回裏途中に雨で中断するが、1時間10分後に試合再開、結局4-1で下してそのまま決勝へ勝ち進むことになる。

この年の決勝で対戦した佐賀商(佐賀)も、準々決勝の北海(南北海道)との試合中の4回表に、雨により1時間33分中断となったが、6-3で佐賀商が勝利。

この年の樟南は、前年のことや福岡-田村のバッテリーの評判から優勝候補とも言われていたが、地方大会から神がかり的に勝ってきた佐賀商に対して、9回表佐賀商の当時キャプテンだった西原に、4-4の同点から夏の大会の決勝では史上初の満塁ホームランを打たれ、4-8で惜しくも優勝を逃してしまった。この似た経緯の試合から、もし1994年に樟南が優勝していた場合、2004年に優勝した駒大苫小牧と同様に、前年の降雨ノーゲーム再試合負けの常総学院との試合を含め、大きく取り上げられていたことだろう。

ちなみに、1994年夏選手権の佐賀商の優勝に貢献した当時のコーチは、奇しくも10年後の2004年に優勝した駒大苫小牧の香田誉士史監督であった。監督自身も1988年・1989年の選手権に佐賀商の選手として出場し、1989年の選手権ではホームランも打っている。さらに、1993年の夏選手権で降雨ノーゲーム再試合で運良く鹿児島商工に勝った常総学院は、同じく奇しくも駒大苫小牧が降雨ノーゲーム再試合で悔しく敗れた、2003年の夏選手権で全国制覇を成し遂げている。

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