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高校野球の甲子園の土「アメリカ統治下の沖縄の高校の話」

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高校野球の甲子園の土「アメリカ統治下の沖縄の高校の話」

1958年、沖縄はアメリカ統治下にあった。その夏の大会で、春夏を通じて初めて沖縄から首里が出場。1回戦で敦賀(福井)に敗戦し、試合終了後に甲子園の土を拾った。

しかし、検疫の関係で沖縄に持ち帰ることができず、帰郷後処分されたという。外国の土・動植物を検疫を経ずに持ち込む事はどこの国でも法で禁じられているが、外国のものという理由での処分にも関わらず、那覇港の沿岸に捨てられている。なお、那覇港にてアメリカ人職員が高圧的に没収したわけではなく、沖縄人の係官が申し訳なさそうに「規則なので・・・」といった感じでの没収だったため、申し出ずに土を持ちかえった高校生もいたという。

それを知った日本航空の客室乗務員有志らが、球場周辺にあった海岸の石を拾い首里に寄贈。同校庭に、今も甲子園初出場を記念した「友愛の碑」というモニュメントとして飾られている。また、これがメディアで扱われ、沖縄返還運動を加速させる一端ともなったという。

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